留学カウンセリングが2回あり、TGVの予約から乗り方までの詳細なマニュアルと説明をいただくなど、とてもきめ細かいものでした。 ボイス・レコーダーは、他の生徒さんが持って行ってよかったと言っているものと伺い、前出の友人にも「マンツーマンレッスンではわかった「つもり」になっていることがある」と言われていたので、購入を決めました。カウンセリング以外にメールでも情報提供や助言を受けることができ、安心安全で充実した旅行に繋がりました。

●モンバールでの暮らし

冬のフランスは日が短く、到着時のパリもTGVの窓の外も真っ暗でした。モンバール駅からClaudineの家へ車で向かう道すがら、街灯とクリスマスのイルミネーションにほんのり浮かび上がる街並みに、フランスに来たんだなぁと実感がわいてきました。 人見知りをする方なので緊張すると予想していましたが、Claudineには初対面のような感じがせず、最初から親戚の家のようにくつろぐことができました。Claudineの人柄や配慮はもちろん、事前にMinakoさんやエコール・サンパの先生からお話を伺っていたことも大きいと思います。滞在中ずっと、プライバシーや意思を尊重しつつ、つかず離れずお世話くださいました。アパルトマンは清潔で、ものが少なくないのにすっきり見え、こういうのをアール・ド・ヴィーヴルっていうのかな?などと思ったりしました。

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21時過ぎの到着で翌朝から授業があるので、夕食は軽めにとお願いしてありました。空港でパンなど食べて行くつもりでしたが、機内食を食べたばかりでお腹がすかなかったため食べられず、Claudineが出してくれた温かくやさしい味のスープにほっとして、おかわりをしました。
翌日曜日は朝食の前にパン屋さんへ。朝食を終えて授業の始まる9時頃、やっと明るくなってきました。

火曜日の朝までClaudineのアパルトマンにはお友だちが滞在しており、昼食と夕食をともにすることになりました。私の語学力では弾丸トークに参加するのは無理でしたが、フランス人同士の会話や振る舞いを間近に見る機会になり、ときには二人が話題を振ってくれ、日本語の通じない相手とのコミュニケーションを実践する場にもなりました。あらかじめClaudineからは「友だちには一人で食べてもらってもかまわない」と念を押されており、もし気疲れするようなら遠慮なくそのようにお願いしようと考えていましたが、今回その必要はなく、4回の食事を楽しくご一緒しました。

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食事は、体にもよく、フランスならではの食生活を体験できるような、心尽くしでした。Claudineは日本の事情にも通じているので、「これは日本では見なかった」という食材や料理を次々と繰り出してくれ、食いしん坊で料理に興味のある私にはわくわくする時間でした。フランス人は脂身が嫌い、苦いものはおいしいとは感じない、などのちがいも話し合いました。クレーム・ブリュレのお焦げは「甘いだけでなくほろ苦いところがおいしいと思う」と言ってみましたが「これを苦いと感じる??」との反応でした。途中の日から「テーブルセッティングは子どもの仕事」ということで私の仕事となりましたが、朝は原則チーズを食べないのに用意したり、食べる順番に合わない食器を出したり、まちがえながら覚えていくのも楽しかったです。
日曜日にはスミュール・アン・オーソワに、火曜日にはフォントネー修道院へ行きました。建築や伝統工芸に興味はありながら知識の乏しい私に、Claudineの解説はちょうどよかったと思います。水曜日の終日自由行動ではディジョンに出かけ、モンバール町内ではビオのマルシェといくつかのお店に連れて行っていただきました。マルシェではチーズや蜂蜜、じゃがいもなどの種類の豊富さに目を見張り、頭付きで売られている鳥やうさぎに思わず目をつぶったりしました。
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その他の自由時間は、宿題をやったり、サロンにあるものを読んだり、昼寝をしたりして、主にアパルトマンで過ごしました。もっと外出しないともったいないかなという考えも頭を掠めましたが、もともとインドア派でのんびり屋、モンバールのアパルトマンにいるという事実や、既に見たもの経験したこと、予定されていたプランで十分に満ち足りた気持ちになっており、フランス語の勉強を最優先に考えると、あえてこれ以上詰め込まなくてもよいと考えました。Claudineはハーブティーの減りの早さに驚いたかもしれません。
何回かは近所に散歩に出て、本屋さんとアンティーク・ショップでじっくり迷って自分へのお土産を選びました。マルシェやスーパー、食料品店では食品をたくさん買い込み、半分空いていたスーツケースが、航空会社の制限重量ギリギリまで重くなっていました。
手持ちの温かい服をかき集めて行きましたが、例年より気温が高かったうえ、建物の中はセントラル・ヒーティングで快適な室温が保たれており、南関東での服装と同じかむしろ薄着で過ごしました。
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●授業
最初は学びたいことや観光についてなどのインタビューで、これはレベルチェックも兼ねているようでした。私はコミュニケーションを重点的に学びたいと伝えました。
指摘されたことは、代名詞がほとんど使えていない、時制がめちゃくちゃ、そして何よりとにかく速く速く速く、少し速くじゃなくてとーっても速く、ということでした。「私は日本語でもゆっくり話す方なので」と無駄な抵抗を試みたりしましたが、「サヤカ・ジャポネーズはそれでよくても、サヤカ・フランセーズは速く力強く話して。フランス人は気が短くて、例えば、レストランで店員さんを呼んでからすぐ注文を言わなかったら、さっさと別のテーブルに行かれてしまう。私は教師だから待つけれども、他の人はそうはいかなくて、会話もどんどん別の話題に移ってしまう。私もClaudineジャポネーズのときにはゆっくり小さな声で話すの(軽く実演)。別人になるのはおもしろい体験」とユーモラスに説得されました。
このことはまもなく、Claudineやその友人、街の人々の会話や、テレビ番組などからも実感することになりました。皆「立て板に水」という調子で話し続けます。ときにはわざとどもって時間稼ぎをしながら言葉を探しているように見える人もいました。また、ボイス・レコーダーに録音したレッスンを聞いてみると、私の沈黙がそれはそれは長く入っており、自分でもこれは何とかしたいと思いました。
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文法上の弱点を補強する練習問題を行うときも、できるだけ書かずに考えるということを繰り返しました。日本人には書くとできるのに話そうとするとできないということが往々にしてあるからとのことでした。仏和・和仏辞典は忘れなさい、ノートは私(Claudine)が取るからあなたは書かないで、とも言われました。根気強く、決して甘やかさず、しかしよくできたときにはとびっきりの笑顔で一緒に喜んでくれました。

こうして必死に1週間、フランス語で考え、話そうと奮闘し、最終の授業では「最初に比べればずいぶん速くなった」とお褒めの言葉をいただくことができました。1週間という時間は弱点の克服や新しい知識の習得には短かったですが、修正すべき点に意識が向くようになり、また、頭に入っていても出てこなかった言葉が少しずつ口をついて出てくるようになったと感じていました。

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●その後
土曜日の朝、Claudineとbiseをしてお別れし、パリへ向かいました。「もしも困ったことがあったら、遠慮なく電話しなさい」と真剣な表情で言われ、緊急事態には本当にそうさせてもらおうと思えました。実際には3日間平和に過ごすことができましたが、とても心強かったです。
Claudineから、「パリではゆっくり話しているとすぐ英語に切り替えられてしまう。私の生徒さんたちにも、パリではフランス語を使わなかったという人が多い」と聞かされていました。私も何度も「英語を話しますか?」と切り替えられそうになりましたが、「フランス語をほんの少し」と答えて、フランス語を話し続けるようにしました。相手の言うことは英語で言い直されて初めてわかるということもありましたが・・・。
荷物が重くなったため急遽乗ることにした空港シャトルバスの予約、教会コンサートのチケット予約、ショッピングや食事、観光地での会話・・・、以前なら、まったくできないことはなくても辞書を引き引き作文し丸暗記して話そうとしていたと思われる場面で、ほとんどぶっつけ本番で手持ちの語彙を総動員して話している自分がいました。
急にペラペラになる魔法はありませんが、目指すコミュニケーションの形や、どんな努力を積めばそれに近づけるのかが、出発前に比べるとぐっと明確になり、フランス語やフランス文化を学ぶことがよりいっそう楽しみになっています。
Minakoさんを初めとするエコール・サンパの皆様、Claudine、Elisabeth、留学スケジュールに合わせて年末休暇前に数日の有給休暇を認めて送り出してくれた職場の皆様、相談に乗ってくれた友人、いつも見守ってくれる家族のおかげで、かけがえのない経験ができたことに、心より感謝しています。ありがとうございました!