9月はじめ2回目のル・ピュイ・アン・ブレーの
ホームステイをして来ました。
今年は“Fête Renaissance du Roi de l’Oiseau”
(鳥の王様祭り)と、きのこ狩りが
フランス語学習に並ぶ大きな目的でした。

そして、もう一つの目的は、昨年ル・ピュイから
23km歩いたle chemin de Saint Jacque
サンティアゴ巡礼路の続きを歩くことです。

ホームステイの前に1週間、バスや乗合ワゴン車での
移動を含めサンコームからエスタンという村までの
22kmを歩き、ソーグという村でオレリア・エルベ夫妻と
落ち合うという計画でした。

この乗合ワゴンや、巡礼者向けの宿を
ネットから探し出し、手配をすべてを
フランス語のメールでやり取りする
事前準備が大変でした。
辞書とパソコンにかじりついての作業は、
苦労もしたけれど
とてもフランス語の勉強になりました。

今回の旅はハプニング続出の
波瀾万丈の旅となりました。
まず、トゥールーズ空港で生まれて
初めてのロストバゲージ。
結局スーツケースは翌日までには
届いたのですが、この騒動が次なる
大失敗に繋がります。

翌日、13:00に駅前で乗合ワゴンとの約束。
私は早めに行って駅構内の写真を撮ったりして
時間前に駅前に行くと、ひとりのマダムが
「日本人の女性を運転手が探していたけど、
いなかったから行っちゃったわよ!」
というではありませんか。

日程表を確認するとなんと12:30が
予約の時間!
「電話したらもどってくるかも」の言葉に
慌てて電話するが、フランスの国番号が
わからない。
隣にいたおじさんに「31でいいんですよね」
ときくと“oui 31”と答えてくれたので、
5回6回かけたけれどかからない。
(フランスは33でした!)

絶望的な気持ちになったけれど、
さきほどのマダムたちに
乗合ワゴンの事務所に電話をしてもらうよう
お願いしてみたところ、快くかけてくれました。
ところが、なんと14時まで昼休みでつながらない。

そのマダムは、「14時すぎたら、また電話
してあげるけれど、もう車は戻ってこないと
思うから、あなたは電車とバスとタクシーを
使って行くのがいいわ」と、すべての時刻表を
調べてメモまでしてくれました。

どこに泊まるのか聞かれたので答えると
「ここの宿はとっても感じがいいのよ!
そうだ、宿からバス停まで迎えに来て
もらうように頼んであげる」と
再び電話してくれました。

そして、14時過ぎに事務所にも
連絡がつき、翌日以降の予約は
継続する旨、伝えてもらうことができました。

彼女はTERの車中、息子さんが中国に
今住んでいて、きっと向こうでいろんな人の
お世話になっているだろうから、
お返しに困っている人には手助けを・・・と
言っていました。

息子さんやお孫さんの写真を
見せてくれましたので、
私も家族や桜や文楽人形の写真を
見せてしばしの交流。
途中の駅で降りられたので
記念に写真を撮りました。

この旅最大の難関を、こうして乗り切ることが
できたのでした。
彼女に出会えたことは
素晴らしい思い出です。

わずかな日数の巡礼でしたが、
巡礼は人生ようだと思いました。

人生には様々な困難がある。
自分自身に起因する場合も、
そうでない場合も。

しかし、結局は自分自身が選択し、
決断して解決しなければならない。
けれど、人の助けなしには、
その困難を乗り切ることはできない、と。

フランスを初めて旅した4年前、
フランス人は冷たいと思っていたのに
たくさんの親切で暖かいフランス人と
出会ったことがフランス語を学ぶ
きっかけとなったのです。
今回もまたたくさんの方に
助けてもらいました。

私のサンティアゴ巡礼は、田園風景や
中世ロマネスク様式の素朴な教会や
そこを歩く人たちの思いや、人情に触れる
ということが目的です。
サンティアゴ巡礼路は、信仰のためだけでなく
すべての人に開かれているのです。

今回歩いたサンコームからエスタンまでは、
サンティアゴ巡礼路の世界遺産に登録された
区間の一部です。
牧場、草原、森、山、中世の村、ロマネスクの
教会など素晴らしい景色でした。

たくさんの人がハイキングに、信仰のために、
それぞれの目的で歩いています。
2時間くらい誰にも会わずに歩いた山道も
ありました。道に迷ったのではないかと
不安になってきた頃に、突然山頂にマリア像を
みつけたときは「あーマリア様」と
信仰を持たない身でも感謝の念が沸きました。

道端の野イチゴやブラックベリー、プラムなどの
実を摘み食べながら歩きました。
あるところでは、ヘイゼルナッツが
たくさん落ちていて、それを拾って石で
割って食べていた巡礼のカップルが
私にもおすそ分けしてくれました。
フランス北部から来ているとのことでした。

エスタンの村では、偶然お祭りに出会いました。
レストランもお祭りで相席です。
パリからきたという70代後半のご夫妻と
相席になり、マダムから東京オリンピックの
話からフクシマのことなどを聞かれました。

私は、まだ避難していて帰れない方たちが
たくさんいること、子どもたちに放射線障害などの
病気がでていることなどをつたないフランス語で
話すことができました。
これも、エコールサンパで毎回 “Quoi de neuf”で
いろんなことを話してきたから話せたのですね。

たくさんの出会いとおしゃべりが
この巡礼路でできたことも素晴らしい思いでです。
ル・ピュイでのホームステイも含め2週間、
一人にも日本人に出会うことがなく、
たどたどしかろうが、まずいフランス語だろうが、
フランス語だけで2週間過ごせたことは
本当に貴重な経験でした。

巡礼を終えてソーグの村でエルベとオレリアたちに
出会った時は、もう嬉しくてほっとして
二人に抱きついてしまったほどです。
この村も巡礼路の村で教会と古い建物のなかの
写真展を一緒にみることができました。

そして、車で1時間余りル・ピュイのマリア像が
見えてきたときは「あー、また戻ってこれた!」
と感慨深かったです。

エルベたちはサンミッシェルの岩山直下の
素敵な一軒家に引っ越していて、
お部屋もとても広々して素敵です。
懐かしいキムチも健在、遊びたい盛りの
可愛い仔猫も2匹が増えていました。

さて、いよいよフランス語の勉強です。
中世の村を見に行ったり、
ハイキングしたりしつつも
しっかり16時間は勉強しました。

とにかく早口のフランス語の聞きとりに
四苦八苦しながらも、エルベ先生の
説明やヒントもちゃんと聞くことができ、
自らの成長を実感することができました。

1年前はゆとりがなくて、先生の話や
ヒントが全然耳にはいりませんでした。

知らない人の中では、
無我夢中で話していたのですが、
ここにきてなにか話したいと思う時に、
女性名詞か男性名詞か冠詞が解らなくて、
第一声がでないことが度々ありました。

そこで、そういうときにはどうしたらよいのか
質問すると、「冠詞は、間違ってもつけないで
話すよりも冠詞を付けて話すようにした方が良い」
というアドバイスをいただき、それからどんどん
間違ってもいいからと話せるようになりました。

私は相変わらず、毎食昼夜ワインとチーズを
オレリアの素晴らしく美味しいお料理と共に
頂きました。オレリアのお料理は美味しいうえに
益々健康にもよく進化していました。

ある晩、エルベとチーズ談義になり
ブルーチーズが甘いワインに合うという話から、
「チーズとコンフィチュールが、とても
よく合うのだけれどフランス人は
あまりそういう食べ方を知らない」という
エルベに私は「はじめてフランスに来た時に
ボルドーでブルーチーズにコンフィチュールが
一緒にでてびっくりしたけれど、
とても美味しかった」と
いろいろ好きなチーズの話になって、
「結局どのチーズも皆好きだ!」という
私の結論に大笑い。

エルベのレッスンは、とても辛抱強く、
粘り強く、生徒の持てる最大限の力を
引き出してくれます。

Ecouter の時は、焦ることなく
何回でも聞かせてくれ、聞いたままの言葉を
繰り返すことで知っている単語に辿り着けます。
Ecouter が良くなると、 Ecrier も
不思議に良くなります。

そして、テキストも新聞記事あり
ラジオニュースあり、美しい朗読の聞きとり
などもありとても楽しいです。
大人の興味関心に応える内容に
なっていることに関心します。

レッスンのなかのおしゃべりも
楽しいひと時です。

もう一つの目的の、きのこ狩りは、
この夏の異常な暑さのせいで、
残念ながら食べられるきのこは、
森にはまだでていませんでした。

それでも2時間くらい森を3人で歩き、
最後はブラックベリー摘みにきたように、
たくさんの甘いブラックベリーを食べました。

今頃は、たくさんのきのこが
顔をだしていることでしょう。

そして、もう一つの大きな目的
“Fête Renaissance du Roi de l’Oiseau”
(鳥の王様祭り)です。

ほぼ4日間、町のいたるところで
大道芸や古楽器によるコンサート、
アクロバット、ダンスなどが繰り広げられます。

特設会場では様々なスペクタクルがあり、
火のスペクタクルは大迫力でした。
お祭りの期間中、住民の7~8割くらいの人が
中世の様々なコスチュームに身を包み
過ごしています。

観光客用のレンタルの衣装もあります。
ル・ピュイの古い町並みに溶け込んで、
まるで中世にタイムスリップしたような
気になってしまうほどです。

私もオレリアとエルベが用意してくれていた
コスチュームで二日間を過ごし、
3人でお祭り見物だけでなく 、
その姿で買い物や食事にも行きました。

お祭りの期間はあいにくの雨模様
だったのですが、雨の合間に
たくさん見物もできました。

 

最後の晩にル・ピュイの町のレストランで
食事をしました。
パテのフランスチャンピオンのお店です。
本当に最高のパテでした。

赤ワインに蜂蜜、スパイスを入れた
美味しいいイポクラスも、たくさんいただきました。
お祭りですからね。

帰る前々日のお昼に、
私は日本から持参したお米と海苔、
我が家で漬けた梅干しで、
おにぎりと卵焼き、胡瓜もみを
感謝を込めて作りました。

オレリアが作ってくれたお料理のうち、
昨年から我が家の定番になったものが
いくつかありますが、今回も材料や
スパイスなど教えてもらったので
レパートリーが拡がります。

ル・ピュイでのホームステイはあっという間に
過ぎてしまいました。
エルべとオレリアは私の息子、娘といえる
年代ですが、二人といるとなんの緊張もせずに、
ゆったりと安心してすごすことができます。

二人の静かで暖かく誠実な人柄のおかげです。

実は、最後にまた大失敗をしてしまいました。
リヨン駅は混むからとわざわざお願いして
ル・ピュイ駅まで行ってもらって発券した
TGVのチケットを、最後の観光で立ち寄った
中世の美しい村ペルージャで
落としてしまったのです。

リヨン駅で買い直し、次の目的地
ストラスブールのチケットを確保しましたが、
TGVは15分ほど遅れていました。

「もうひとりで大丈夫だから!」という私に、
エルベは心配そうに「本当に大丈夫?
掲示板をよく見てね!」と言います。

私は「サンチャゴに何年かかけて到達したら、
ル・ピュイに戻って来るから」と約束して
肩を抱き合って別れました。

心配そうに振り返るエルベを見ながら、
なんだか大きなしっかり者の息子に
ちょっと頼りない母が心配されながら
見送られるという気分になりました。

エルベとオレリアの二人に改めて
心から感謝いたします。

また、大塚さんのカウンセリングでの
様々なアドバイスがピンチを
救ってくれました。

フィジャックの駅で電話をかけてください、と
お願いできたのも、大塚さんが
「困ったときは頼めば、普通に携帯を
貸してくれることが多い」と話してくれたことが
頭の隅に入っていたからです。
ありがとうございました。

そして、昨年の帰国後にはじめた、
自由が丘校でのレッスンが、
この熱い人情に触れる濃い旅を
できる力を付けてくれたこと、
先生方に感謝いたします。