Mitsuyo S.

夢みていたフランス語圏でのホームスティ

実は2、.3年前自由が丘駅前でフランス人女性が配っていたチラシ<教室に通わなくとも語学留学ホームステイも可能>、
いつの日かと言う夢と希望でそれを手元で大事に温めていた。
今年3月31日27年間勤務していた仕事を退職、夢に向かいエコールサンパに出向き詳細を伺った。
夫とともにフランス観光を考えていたので旅行終了後、夫を飛行場に送ったその足で、私だけの一週間をツールの学校でと言う計画が、
留学担当の大塚さんと阿佐ヶ谷の学校や電話でのカウンセリングを受け、綿密な、ご親切なご助言で現実になった。

予定通りシャルルドゴールで夫と別れ、TGVで時間より45分遅れ受け入れ家庭のGuilloux氏の待つSaint Pierre des corpts
駅へ、列車の遅れは携帯電話で伝えた。

お家に到着、3階の部屋が私の一週間の勉強部屋、電子辞書・ノートは机の上に、月曜日にクラス分けテストもあると聞いているし・・・・
準備された軽食をいただきながらご夫妻と会話、この家庭は10年前から受け入れを始められたと、ノート鉛筆がフル活動手取り足取りで
何とか意思疎通、楽しい初めてホームスティの体験が始まった。言いたいことは山ほどあるのに言葉は足りず挙句の果てに発音が巧く
行かず相手に鉛筆を持たせる羽目にはなったが・・・・

翌朝日曜日、近くの教会のミサに参列。日本ではもう見かけなくなった日曜ミサ用の晴れ着の家族の後ろの席に座った。7人兄妹両親も
若く一番小さい赤ちゃんでも長女13,4歳のブラースと同じ生地で作ったベビードレスを着て乳母車の中。
司祭の説教台に上ってのお説教、聞きなれたラテン語でのミサ、懐かしささえ覚えた。

昼食後ホストファミリーの車で近所のロアール川、その周辺の景勝地、その後学校周辺で車を降り、徒歩で明日から通う学校までを散策。
小さな町のツールはメインの道rue Nationalを(後に私は銀座通りと命名)を意識していれば家に戻れること感覚で理解した?

初めての日はクラス分けテストもあるので車で送っていただいた。3時間の授業がありその午後は校長の奥さまが町案内をして下さると
言うのでランチは学校前クレープ屋で。
たまたまテストの時一緒だった英国女性と一緒に、隣との席が近く観光できていたフランス人夫妻も私達の会話に仲間入り。
時間通り芽里菜さん到着、学校の隣のローマ時代のお墓の遺跡、日曜日に行かれなかったサンガシアン・カテドラルを始め、
歴史的建造物、料理教室の場所など新旧混在の観光案内して頂き、年齢を超え楽しい語らいが出来非常に感謝。

5 日間の授業は私のクラスは女性の先生ルーシー、生徒は私を入れ4人、米・韓国の男子大学生とポルトガルから職を探しに来た
中年男性、毎日の課題に対し4人 がそれぞれ答え顔の表情でルーシー先生細かくやさしくフランス語で説明。学生時代を
彷彿させる大変懐かしい楽しい授業だった。
自由な午後の一日はサンマルタンバジリクの教会売店の女性と聖人の歴史などの会話、次の日は歩き疲れて座ったベンチで出会った
地元の女性との語らいなどなど楽しかった。
木曜はホストの奥さまがロアールの古城の一つヴィランドリーへ車で連れて行って下さり1人で歩くお城の中に懐かしい絵を見つけたり、
金曜日の料理教室はフランス人8人の中の日本人2人に入り聞き取れないフランス語をよそにビジュアルで料理作り、日本では目にしない
エシャロットを先生に説明したつもりが通じたか?でも大いに楽しんだ。

5日間の授業を含めた9日間初留学の夢も現実に出来、退職後の大いに光る一ページになった。
普通に会話したい私としては最後の二日でより現実になったフランス語の動詞の活用!!
如何に解決していくかの大きな課題を残してはいるが・・・

私の夢の実現の為に、大いにまた想像以上にお力を貸して下さったエコールサンパの
大塚さんには大感謝、ありがとうございました。

By | 2015-08-19T09:34:05+00:00 8月 19th, 2015|Categories: Taikenki Loire|1 Comment

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Yoko M

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